黒い風景 其の参
野田弘志(のだひろし) 1936- 1973(昭和48)年 麻布、油彩 145.5×112.1 第49回白日会展出品 平成6年度購入
解説
野田弘志が描いた“黒の時代”の作品群には、空気が一瞬のうちに凍結したような緊迫感が漲っています。とりわけ刈り取られた麦と落葉樹の葉を主題にしたこの作品は、ひとつの頂点を示しています。乾燥した植物が細密に描かれていますが、重要なのは、かつて生きていたものが死んだ状態で捉えられていることです。長い時間を費やし、徹底的に対象を分析して質感と量感を創り出すには、動かない〈静物画〉(still life)のは、作家にとっては都合がいい訳です。しかし、理由はそれだけではありません。実はこの画面には別の小さな生命体が描かれています。皮肉なことに既に死んでいる麦の束の中で育まれた蛾が、今まさに羽化して飛び立ってゆこうとするドラマティックな場面を演出しているのです。枯葉とともに乱舞する蛾が克明に描写され、“生と死”の対比によって、生命の神秘を感動的に伝えています。(大野俊治)この記事は 2014年02月12日に更新されました。