二川古窯址群
- 所在地:豊橋市多米町・岩崎町・大岩町 他
- 種 別:埋蔵文化財包蔵地-古窯址(生産遺跡)
- 時 期:平安時代(9~11世紀)
解説
二川古窯址群(以下「二川窯」と呼びます)は、豊橋市南東部の赤石山脈の末端にある松明峠の南西山麓に分布する、平安時代の灰釉陶器と緑釉陶器を生産した窯跡群です。9世紀の中ごろ、尾張国の猿投窯から技術が導入され、11世紀ごろまで生産が続きました。南北6キロメートル、東西6キロメートルほどの範囲に、およそ80基が確認されており、大きな窯跡群を形づくっています。 二川窯で確認できる初期の灰釉陶器を生産した窯跡は現在4基程度が知られており、二川窯の中でも東北部の山麓に限られています。二川窯で窯跡の数が増え最盛期を迎えるのは10世紀ごろで、11世紀後半ごろには生産は下火になります。 平安時代の増基法師の紀行文「いほぬし」には、この辺りが窯業が盛んな地域として紹介されており、二川窯が最盛期を迎えた10世紀中ごろのこととされています。出土品
この記事は 2024年02月08日に更新されました。